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『仮母女(かもめ)』【怖い話・長編】

怖い話・体験

関連話: 『洋子さん』

【怖い話・長編】
【怖さ  6】★★★★★★☆☆☆☆

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『仮母女(かもめ)』

1原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「海星さん」 2010/09/22 18:50

若干の脚色ありますが、友人の兄の体験を本人目線で書いたものです。

今日は洋子(彼女)と初めての1泊旅行。と言っても、家から電車で2時間ほどの、県内北部にある温泉旅館だが。
それでも俺は、家が厳しく外泊自体が禁止だった洋子が、『女友達と行く』と親に嘘をついてやっと実現したこの旅行に、
かなりテンション上がりまくりの、頭の中はお花畑であった。

適当に写真を撮ったり、名物の菓子を食べ歩きながら、旅館には15時頃着いた。
2階建てで、小さく古いながらも、一応露天風呂のある旅館だ。

最初の事態は、チェックインのときに起こった。
「いらっしゃいませー。
 ご予約のお名前は?
 えー…。○○洋子様ですね。
 ……え?!」
旅館の女将さんはかなり驚いて、困惑した様子でこちらを見ている。
「あのー。何か…?」
俺が尋ねると、非常に焦って困った調子で、
「お客様、失礼ですが、確か女性2名様でご予約を承ったはずですけれども…」
そう言えば洋子の親が、もし旅館に問い合わせたときに(やりかねない親なのだ)嘘がバレないよう、
洋子が友達の名前を使って、女2名で予約していたのだった。
「あのー、急にその子が来れなくなって…代わりの者なんですが、良いですか?」
洋子が不安そうに尋ねる。
「申し訳ありません、お客様。
 ご用意させて頂いたお部屋は女性専用のお部屋で…男性のお客様はお泊めできないんですよ。
 かと言って他の空き部屋もございませんし…」
女将が先程よりやや毅然とした態度でそう答えた。
「そんな…」
温泉旅館に女性専用部屋なんてものが存在することすら初めて知ったし、
ウキウキ気分を害されて、俺は少し怒った調子で抗議した。
「申し訳ありません。
 もともと当方が説明不足でしたので…キャンセル料はいりませんから、他のお宿を当たっていただけませんか?」
「そんな…。他の旅館は電話してもどこもいっぱいだったんです。
 やっとこちらで予約がとれたので、とても楽しみにしていたのに…」
洋子が泣きそうな声で抗議する。
俺もそれに加わる。
「お願いします。
 妹は本当にこの日を楽しみにしていて、友達が急に都合悪くなって落ち込んでいたので、
 兄の僕が一緒に来てしまったんです」
俺は何となく『彼氏』と言うよりは印象が良いかと思って、口からでまかせで頼み込んだ。
「あ…。ご兄妹でいらっしゃいましたか?
 …失礼ですが何か証明できるものございますか?」
女将の態度がふとゆるんだ。
おっ?兄妹ならOKなのか?
俺はこの作戦を通すべく、なおも食い下がった。
「ちょっと今日は何も持ってないんですが…
 でも、家族風呂は利用しませんし、(この地方は条例で、家族の証明がないと家族風呂を貸切りできない)
 お部屋だけでも泊めて下さい。お願いします」
家族証明がないと部屋に泊まれないなんて条例はない。
旅館の規約にはあるのかもしれないが…そんなものどうとでも(?)なるだろう。
1時間ほど押し問答した末、最後は洋子の泣き落としも加わり、
「…かしこまりました。ではお泊めしますが…。
 あの、大変申し上げにくいのですが、その…いかがわしい行為だけは絶対なさらないで下さいませね。
 まぁ、ご兄妹ですので当然なさりませんでしょうが…これも一応お伝えする決まりですので…」
やっとのことで女将が折れた。
イライラが頂点に達していた俺は、必殺アイアンクローが炸裂する前に事態が収拾し、ホッとした。

部屋に上がったらもう16時を回っていた。
俺たちはさっそくそれぞれ温泉を堪能した。

18時から夕食の海鮮料理に舌鼓を打ち、また温泉に入って、夜になった。
色白で、長い黒髪を後ろで一つにまとめた洋子は、浴衣が本当によく似合っていた。
俺たちは女将の忠告を無視して、当然いかがわしい行為(笑)を楽しみ、23時ころ消灯した。

異変は深夜やってきた。
真夜中、トイレに行きたくなって目が覚めた。
ちょっと飲み過ぎたかな?
すぐ隣では洋子が寝息をたてている。
さていざ起き上がろうとすると…体が動かない。金縛りだ。
やべー。マジで飲み過ぎた?まだ酔ってんのかな?
隣に洋子がいることもあり、そんなに恐怖は感じていなかったので、目だけ動かして部屋の様子をボンヤリ見回した。
…後悔した。
布団の横、洋子を隔てた向こうの壁に押入れがあるのだが、そこが四分の一ほど開いていた。
そこに…そいつがいた。
押入れの襖の隙間から、そいつはこちらを見ていた。
押入れ上段の暗がりに浮かぶ真っ白な顔。
髪は肩くらいだろうが、ぐちゃぐちゃに乱れており、正確にどのくらいの長さか分からない。女だ。
確かあの押入れは布団が入っていたところだから、今なら人は入れるだろうが…
いや、そもそもあれは生きた人にはとても思えない。
女は和服のようなものを着ていた。
襟元しか見えないが、恐らく着物だろう。色はよく分からないが、茶色か黄色のような色だ。
女はものすごく憎悪に満ちた形相でこちらを睨んでいる。
眉は剃っているのか、薄いのか、とにかく眉がない。
目は般若のようにカッと見開き、まばたき一つせずジッとこちらを睨んでいる。
そしてその目は…真っ赤だ。眼球全体が真っ赤な血の色に染まっている。
そして黒目部分は…白く透明に濁ったような色をしていた。
以前、白内障の人をテレビで見たが、そんな感じの目だ。(その人は眼球全体が白濁していたが)
だがこいつは、白濁した水晶体の周りを真っ赤な血溜まりが覆い、
この世のものとは思えないほど邪悪な醜悪な目をしていた。
「…ひっ!」
俺は声にならない声を漏らした。
目を閉じたかったが、なぜか今まで動かせていた目までも自由を奪われてしまった。
ヤバいヤバいヤバいヤバい!!
永遠とも思える時間、そいつは俺のことを真っ赤な目で睨み続けていた。
怖い怖い怖い!!洋子起きてくれ!
すると、女は急に嬉しそうにニターッと顔を歪ませて笑った。
真っ白な手が押入れの襖にかかる。
ゆっくりと襖が開いていく。
カタカタカタ…
静寂に響くその音が、これは現実に起きていることなんだと、妙にリアリティーを与える。
襖が半分ほど開いたところで、女が押入れから降りてきた。
ゆっくりとこちらに近づいてくる。
怖い怖い怖い!!来るな来るな来るな!!
俺の頭の中の叫びが聞こえているかのごとく、女は楽しそうにニターッと笑う。今度は口を大きく開けて笑っている。
女の口には歯が生えていなかった。
女はまだ若かったが、その歯のない口だけが老婆のような印象を与え、ことさら不気味である。
真っ白な顔に、真っ暗な穴のように空いた口。そして、真っ赤な眼球に白濁した瞳。
見ているだけで涙が出るくらい恐ろしかった。
シュッシュッ
衣擦れの音とともにゆっくりと女は近づいてくる。
真っ白な手を前方にフラフラ漂わせ、暗闇をまさぐるようにしてやってくる。
とうとう手が届くほどの距離に近づいてきた。
やられる!
恐怖と絶望で、俺の毛穴という毛穴が開き、そこから汗が吹き出る。
…しかし、女の目的は俺ではなかった。
女と俺の間に横たわっている洋子。俺の可愛い彼女。
その洋子の枕元に屈み込んだそいつは、真っ赤な目を見開き洋子の顔をジーッと覗き込んでいる。
そしておもむろに、そいつは洋子のまぶたの上に人差し指を乗せた。
閉じられたまぶたの下にこんもり盛り上がる洋子の眼球を、そいつは人差し指の先でぐぐぐっと押している。
よほど力を入れているのか、人差し指がプルプル震えており、また洋子の眼球もそれに合わせて痙攣している。
やめろ!やめてくれ!
俺の願いもむなしく、
プチッ
という音とともに、洋子のまぶたから血の涙が流れる。
女はそれを見て、満足そうに真っ赤な目を細めて喜んでいる。
そして、残されたもう片方の眼球を潰しにかかる。
俺の股間に生暖かいものが流れる。
失禁と同時に、ようやく俺は気を失うことができた。

翌朝、朝食を知らせる電話の音で目が覚めた。
俺は起きた瞬間、あの女の顔が脳裏にくっきり浮かび、
また失禁の跡と、両目から血を流し気を失っている洋子の姿を認めて、
「うおーーーっっ!!うわーーっ!!」と叫び声を上げた。
混乱した頭のまま電話を取り、
「女が…!目が真っ赤で!彼女の目が……!」
と、訳の分からないことを半狂乱で口走ったのだが、すぐに従業員数人が血相変えて飛んで来てくれた。

洋子は目に包帯を巻かれて、旅館の車でどこかに連れていかれた。(なぜか救急車は呼んでもらえなかった)
俺は少し落ち着いてから、3畳ほどの従業員休憩室のようなところに通された。
そこには女将が怒ったような、悲しいような顔をして待っていた。
「あなた方、ご兄妹ではなかったのですね。
 私がお部屋にご案内する前に申し上げた約束を破られた…。つまり…禁忌を犯したことになりますね…」
…そして女将は、この土地にまつわる禁忌…恐ろしい話を聞かせてくれた。

 

2原著作者「怖い話投稿:ホラーテラー」「海星さん」 2010/09/22 18:52

以下、旅館の女将の話です。

昔、この土地には仮母女(カモメ・または単にカモと呼ばれていた)という風習があった。
お嫁さんが不妊症で子宝に恵まれない家に、その嫁に代わって子孫を残す女のことだ。
正妻と側室のような感じと思われるかもしれないが、
仮母女は純粋にお金で買われた、『妊娠・出産』を提供するだけの商品なのである。
仮母女は身売りされた貧しい農家の娘や孤児から成っており、それを仕切っていたのはこの旅館の地主だったという。
旅館の一室で仮母女と男が事を行い、妊娠が判明したら、その日から1年間、仮母女はその夫婦の家で養われる。
栄養失調などで流産すれば、それは各夫婦のカモ管理ができていなかったからということになる。
ほとんどの仮母女は押入れなどに閉じ込められ、人目につかないよう養われた。
晴れて出産すれば、お産の翌日には旅館に戻されて、また妊娠可能な体に戻り次第、仕事に戻る。
今では考えられないような過酷で悲しすぎる労働だ。
だが、悲惨さは更に加速する。

ある年、カモに情が移った男がカモと駆け落ちしたり、
また、子供に情が移ったカモが子供をさらって逃げる、という事件が続発したのだ。
地主は困った挙げ句、ある恐ろしい方法を思い付く。
仮母女の目を潰したのだ。
カモが寝ている隙に、もしくは薬で気を失わせて、その間にカモの目を刃物で刺して潰した。
目に傷を負ったカモの顔は、情が移らないほど醜くなった。
目が見えなくなったカモは、子供をさらって逃げるような真似は到底できなくなった。
醜い顔のカモと事を為すのは男が苦労するため、
それ以来ほとんどの男が自分の嫁をカモ部屋に連れ込み、嫁に協力してもらいながら3人で事を為したという。
ときには、カモの醜悪さを際立たせるため、無理矢理全ての歯を抜いたりもした。
既にこの頃から、みんな狂い出していたのかもしれない…。

カモの目を潰すようになってから2年ほどして、村に異変が起こった。
今までカモが生んできた子供たちが、みな一斉に狂いだしたのだ。
目は焦点が定まらず、よだれを垂れ流し、「ぎょえーー!ぶふふふー…!」と奇声を発しだしたのだ。
また一部の子供は瞳が白く濁り、視力を失う者もいたという。
カモ以外から生まれた子供には何の異常も見受けられなかったため、「これはカモに原因があるのでは」という噂が立ち、
またカモ離れが起きだした。
焦った地主は、有名な医者を呼んだり、祈祷師を呼んだり八方手を尽くしたが、一向に原因が分からない。

そんなある日、噂を聞き付けた某寺のお坊様がやってきた。
お坊様は旅館のカモ部屋に集められた、目の潰された女たち(当時6人)を一目見るなり、
「なんと…むごいことを…」と言葉を失った。
そして地主に向き直り、カッと厳しく睨むと、こう言った。
「この地には、お腹を痛めて生んだ愛する我が子を、一目も拝むことなく亡くなってしまった母の、
 強い怨念が張りついておる。
 このような人外のものが行うような商売は、今日これ限りにしないと、
 その内この土地の人間全ての気が狂ってしまいますぞ」
それを聞いた地主は非常に焦った。
地主の一族もこの土地にたくさん住んでいるからだ。
「分かりました、お寺様。
 仮母女業は今日限り二度と行いません。
 それで、おかしくなった子供たちは治るのでしょうか?」
震えた声で尋ねる地主に、お坊様は首を振りながら答えた。
「残念ながら、そう簡単には治らんよ。
 これまで亡くなった女性の供養をせねばならん」
「墓には一応入れておりますが」
地主が上目遣いで答えると、お坊様はまた首を振って続けた。
「それでは不十分じゃ。
 まず小さなカゴを用意しなさい」
お坊様の言い付けにならって、地主は女中に硯箱くらいの小さなカゴを持ってこさせた。
「このカゴに、人の目と同じ大きさの水晶を2つ入れなさい。そう、無念にも潰された女たちの目の代わりじゃよ。
 それから、その女性たちが生んだ子供たちのへその緒を、当事者たちから集めて、同じカゴの中に入れなさい」
地主は狼狽した。
「そんな大きな水晶…しかも2つも…!!いくらかかると思ってるんです?
 それに、へその緒を集めるってのも難儀な仕事ですなー。
 なんせへその緒はみんなお客さんに渡してるし、その人たちは今うちを恨んでおりますからねー。
 子供が狂ったのはお前らのせいだーってね」
お坊様は呆れを通り越して、哀しい目をして言った。
「あなたはこれまで私利私欲のために、罪のない女性の目を潰し、望まないのに無理矢理男に体を汚させ、
 挙げ句母と子を引き離させてきたのですよ。
 その上まだお金のことを心配するとは…救いようがない…。
 ここに残った目の見えない女性6人は、私が今日から引き取って、お世話させていただきましょう。
 あなたが心を入れ替えない限り、この土地の怨念は今後ますます大きくなっていくでしょうな。
 まさに言葉どおり…救いようがなくなります。
 …今がギリギリ手遅れになる一歩手前ですぞ」
お坊様は静かに、しかし怒りの色を目にたたえてこう諭した。
「…分かりました。
 じゃ、今すぐにでも水晶とへその緒を調達してきますよ。
 …で、それをカゴに詰めたらどうするんですか?」
「水晶は亡くなった女性たちの目に代わって、またへその緒は、その方たちが生んだ子供の身代わりとなって、
 晴れてその姿を拝むことができましょう。
 カゴに詰め終わったら、その方々のお墓に、お骨と一緒に埋めて供養しておやりなさい」

そしてしぶしぶながらも、地主はお坊様の言い付けを守った。
眼球大の水晶2つ(これを買うために土地の半分を売った)と、狂った子供たちの親に土下座して回収したへその緒。
それらをカゴに入れて仮母女の墓に埋めてやった。
(一説には、カゴの目→カゴメが訛ってカモメとなり、後々になって『仮母女』と当て字が使われたとも言われている)

まぁ、それ以降、子供たちはだんだんと元に戻り、会話ができるまでには回復したのだが…
しかし、父母の顔はいつまでたっても認識できなかったらしい。
そして、この土地で『仮母女』の話は、余所には絶対漏らしてはならない禁忌、タブーというやつになった。

そしてその後、旅館は裏稼業などに一切手を染めることなく、
何人かの人の手に渡って、今は女将が切り盛りしているという。
ちなみに、今の女将と当時の地主は全く血縁関係はないらしい。

ここまで女将の話を聞いて俺は口をやっと開いた。
「ちょっと待って下さいよ。
 じゃあ昨日の夜俺らの前に現れたのは、そのカモメ?だとして、
 もうその呪いとか怨念は消えてたんじゃないんですか?!」
女将は首を振りながら答える。
「それがね、まだ続きがあるんですよ…」

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