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『姦姦蛇螺』【怖い話・長編】

怖い話・体験

 

すると、おっさんは身を引いてため息をつき、Bのお母さんに言った。

伯父「お母さん、残念ですがね、息子さんはもうどうにもならんでしょう。
わしは詳しく聞いてなかったが、あの症状なら他の原因も考えられる。まさかあれを動かしてたとは思わなかったんでね。」

「そんな…」
それ以上の言葉もあったんだろうが、Bのお母さんは言葉を飲み込んだような感じで、しばらく俯いてた。
口には出せなかったが、オレ達も同じ気持ちだった。
Bはもうどうにもならんってどういう意味だ?一体何の話をしてんだ?
そう問いたくても、声に出来なかった。

オレ達三人の様子を見て、おっさんはため息混じりに話しだした。
ここでようやく、オレ達が見たものに関する話がされた。
俗称は「生離蛇螺」/「生離唾螺」
古くは「姦姦蛇螺」/「姦姦唾螺」
なりじゃら、なりだら、かんかんじゃら、かんかんだらなど、知っている人の年代や家柄によって呼び方はいろいろあるらしい。
現在では一番多い呼び方は単に「だら」、おっさん達みたいな特殊な家柄では「かんかんだら」の呼び方が使われるらしい。

もはや神話や伝説に近い話。

人を食らう大蛇に悩まされていたある村の村人達は、神の子として様々な力を代々受け継いでいたある巫女の家に退治を依頼した。
依頼を受けたその家は、特に力の強かった一人の巫女を大蛇討伐に向かわせる。

村人達が陰から見守る中、巫女は大蛇を退治すべく懸命に立ち向かった。
しかし、わずかな隙をつかれ、大蛇に下半身を食われてしまった。
それでも巫女は村人達を守ろうと様々な術を使い、必死で立ち向かった。

ところが、下半身を失っては勝ち目がないと決め込んだ村人達はあろう事か、巫女を生け贄にする代わりに村の安全を保障してほしいと大蛇に持ちかけた。
強い力を持つ巫女を疎ましく思っていた大蛇はそれを承諾、食べやすいようにと村人達に腕を切り落とさせ、達磨状態の巫女を食らった。
そうして、村人達は一時の平穏を得た。

後になって、巫女の家の者が思案した計画だった事が明かされる。
この時の巫女の家族は六人。

 

異変はすぐに起きた。
大蛇がある日から姿を見せなくなり、襲うものがいなくなったはずの村で次々と人が死んでいった。
村の中で、山の中で、森の中で。
死んだ者達はみな、右腕・左腕のどちらかが無くなっていた。
十八人が死亡。(巫女の家族六人を含む)
生き残ったのは四人だった。
おっさんと葵が交互に説明した。

伯父「これがいつからどこで伝わってたのかはわからんが、あの箱は一定の周期で場所を移して供養されてきた。その時々によって、管理者は違う。
箱に家紋みたいのがあったろ?ありゃ今まで供養の場所を提供してきた家々だ。
うちみたいな家柄のもんでそれを審査する集まりがあってな、そこで決められてる。
まれに自ら志願してくるバカもいるがな。

管理者以外にゃかんかんだらに関する話は一切知らされない。
付近の住民には、いわくがあるって事と万が一の時の相談先だけが管理者から伝えられる。
伝える際には相談役、つまりわしらみたいな家柄のもんが立ち合うから、それだけでいわくの意味を理解するわけだ。今の相談役はうちじゃねえが、至急って事で昨日うちに連絡がまわってきた。」

どうやら一昨日Bのお母さんが電話していたのは別のとこらしく、話を聞いた先方はBを連れてこの家を尋ね、話し合った結果こっちに任せたらしい。
Bのお母さんはオレ達があそこに行っていた間に、すでにそこに電話しててある程度詳細を聞かされていたようだ。
葵「基本的に、山もしくは森に移されます。御覧になられたと思いますが、六本の木と六本の縄は村人達を、六本の棒は巫女の家族を、四隅に置かれた壺は生き残られた四人を表しています。
そして、六本の棒が成している形こそが、巫女を表しているのです。

なぜこのような形式がとられるようになったか。箱自体に関しましても、いつからあのようなものだったか。私の家を含め、今現在では伝わっている以上の詳細を知る者はいないでしょう。」
ただ、最も語られてる説としては、生き残った四人が巫女の家で怨念を鎮めるためのありとあらゆる事柄を調べ、その結果生まれた独自の形式ではないか…という事らしい。
柵に関しては鈴だけが形式に従ったもので、綱とかはこの時の管理者によるものだったらしい。

 

伯父「うちの者でかんかんだらを祓ったのは過去に何人かいるがな、その全員が二、三年以内に死んでんだ。
ある日突然な。事を起こした当事者もほとんど助かってない。それだけ難しいんだよ。」

ここまで話を聞いても、オレ達三人は完全に置いてかれてた。きょとんとするしかなかったわ。

だが、事態はまた一変した。

伯父「お母さん、どれだけやばいものかは何となくわかったでしょう。
さっきも言いましたが、棒を動かしてさえいなければ何とかなりました。しかし、今回はだめでしょうな。」

B母「お願いします。何とかしてやれないでしょうか。私の責任なんです。どうかお願いします。」

Bのお母さんは引かなかった。
一片たりともお母さんのせいだとは思えないのに、自分の責任にしてまで頭を下げ、必死で頼み続けてた。
でも泣きながらとかじゃなくて、何か覚悟したような表情だった。

伯父「何とかしてやりたいのはわしらも同じです。しかし、棒を動かしたうえであれを見ちまったんなら……
お前らも見たんだろう。お前らが見たのが大蛇に食われたっつう巫女だ。
下半身も見たろ?それであの形の意味がわかっただろ?」

「…えっ?」
オレとAは言葉の意味がわからなかった。下半身?オレ達が見たのは上半身だけのはずだ。

A「あの、下半身っていうのは…?上半身なら見ましたけど…」

それを聞いておっさんと葵が驚いた。
伯父「おいおい何言ってんだ?お前らあの棒を動かしたんだろ?だったら下半身を見てるはずだ。」

葵「あなた方の前に現われた彼女は、下半身がなかったのですか?では、腕は何本でしたか?」

「腕は六本でした。左右三本ずつです。でも、下半身はありませんでした。」オレとAは互いに確認しながらそう答えた。
すると急におっさんがまた身を乗り出し、オレ達に詰め寄ってきた。

伯父「間違いねえのか?ほんとに下半身を見てねえんだな?」
オレ「は、はい…」

おっさんは再びBのお母さんに顔を向け、ニコッとして言った。

 

伯父「お母さん、何とかなるかもしれん。」
おっさんの言葉にBのお母さんもオレ達も、息を呑んで注目した。
二人は言葉の意味を説明してくれた。

葵「巫女の怨念を浴びてしまう行動は、二つあります。
やってはならないのは、巫女を表すあの形を変えてしまう事。
見てはならないのは、その形が表している巫女の姿です。」

伯父「実際には棒を動かした時点で終わりだ。必然的に巫女の姿を見ちまう事になるからな。
だが、どういうわけかお前らはそれを見てない。
動かした本人以外も同じ姿で見えるはずだから、お前らが見てないならあの子も見てないだろう。」
オレ「見てない、っていうのはどういう意味なんですか?オレ達が見たのは…」

葵「巫女本人である事には変わりありません。ですが、かんかんだらではないのです。
あなた方の命を奪う意志がなかったのでしょうね。
かんかんだらではなく、巫女として現われた。その夜の事は、彼女にとってはお遊戯だったのでしょう。」

巫女とかんかんだらは同一の存在であり、別々の存在でもある…?という事らしい。

伯父「かんかんだらが出てきてないなら、今あの子を襲ってるのは葵が言うようにお遊び程度のもんだろうな。
わしらに任せてもらえれば、長期間にはなるが何とかしてやれるだろう。」

緊迫していた空気が初めて和らいだ気がした。
Bが助かるとわかっただけで充分だったし、この時のBのお母さんの表情は本当に凄かった。この何日かでどれだけBを心配していたか、その不安とかが一気にほぐれたような、そういう笑顔だった。

それを見ておっさんと葵も雰囲気が和らぎ、急に普通の人みたいになった。
伯父「あの子は正式にわしらで引き受けますわ。お母さんには後で説明させてもらいます。
お前ら二人は、一応葵に祓ってもらってから帰れ。今後は怖いもの知らずもほどほどにしとけよ。」

 

この後Bに関して少し話したのち、お母さんは残り、オレ達はお祓いしてもらってから帰った。
この家の決まりだそうで、Bには会わせてもらえず、どんな事をしたのかもわからなかった。
転校扱いだったのか在籍してたのかは知らんが、これ以来一度も見てない。
まぁ死んだとか言うことはなく、すっかり更正して今はちゃんとどこかで生活してるそうだ。

ちなみにBの親父は一連の騒動に一度たりとも顔を出してこなかった。どういうつもりか知らんが。

オレとAもわりとすぐ落ち着いた。
理由はいろいろあったが、一番大きかったのはやっぱりBのお母さんの姿だった。
ちょっとした後日談もあって、たぶん一番大変だったはずだ。
母親ってのがどんなもんか、考えさせられた気がした。
それにこれ以来うちもAんとこも、親の方から少しづつ接してくれるようになった。
そういうのもあって、自然とバカはやらなくなったな。
一応他にわかった事としては、
特定の日に集まってた巫女さんは相談役になった家の人。
かんかんだらは、危険だと重々認識されていながらある種の神に似た存在にされてる。
大蛇が山だか森だかの神だったらしい。それで年に一回、神楽を舞ったり祝詞を奏上したりするんだと。

あと、オレ達が森に入ってから音が聞こえてたのは、かんかんだらは柵の中で放し飼いみたいになってるかららしい。でも六角形と箱のあれが封印みたいになってるらしく、棒の形や六角形を崩したりしなければ姿を見せる事はほとんどないそうだ。

供養場所は何らかの法則によって、山や森の中の限定された一部分が指定されるらしく、入念に細かい数字まで出して範囲を決めるらしい。基本的にその区域からは出られないらしいが、柵などで囲んでる場合はオレ達が見たみたいに外側に張りついてくる事もある。

わかったのはこれぐらい。

オレ達の住んでるとこからはもう移されたっぽい。二度と行きたくないから確かめてないけど、一年近く経ってから柵の撤去が始まったから、たぶん今は別の場所にいるんだろな。

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