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『リゾートバイト(後日談含む)』【怖い話・超長編】

怖い話・体験

次の日、誰もほとんど口をきかないまま朝を迎えた。
沈黙の中、急に携帯のアラームが鳴った。いつも俺達が起きる時間だった。
Bの体がビクンってなって、相当怯えているのが伺えた。
Bは根がすごく優しいヤツだから、前の晩俺に言ったんだ。

B「ごめんな。俺なんかよりお前のほうが全然怖い思いしたよな。
それなのに俺がこんなんでごめん。助けに行かなくて本当ごめん。」

俺はそれだけで本当に嬉しくて目頭が熱くなった。

でもよくよく考えてみると、「俺なんかより怖い思い」ってなんだ?
実際に恐怖の体験をしたのは俺だし、AもBも下から眺めていただけだ。
もしかしてあれか?俺の階段を駆け下りる姿がマズかったか?
普通に考えて、俺の体験談が恐ろしかったってことか?

少し考えて、俺も大概、恐怖に呑まれて相手の言葉に過敏になりすぎてると思った。
こんな時だからこそ、早く帰ってみんなで残りの夏休みを楽しくゆっくり過ごそうと、そればかりを考えるようにした。

だがその後のBの怯えようは半端なかった。

俺達がたてる音一つ一つに反応したり、俺の足の傷を食い入るようにじっと見つめたり、明らかに様子がおかしかった。
Aも普段と違うBを見て、多少びびりながらも心配したんだろう

A「おい、大丈夫か?寝てないから頭おかしくなってんのか?」

と問いかけながらBの肩を掴んだ。
するとBは急に

B「うるさいっ!!」

と叫び、Aの腕をすごい勢いで振り払ったんだ。
Aと俺は一瞬沈黙した。

俺「おい、どうしたんだよ?」
Aは急のできごとに驚いて声を出せずにいた。

B「大丈夫かだって?大丈夫なわけねーだろ?
俺も○○(俺の名前)も死ぬような思いしてんだよ。
何にもわかってねーくせに心配したふりすんな!!」

Aを睨み付けながらそう叫んだ。
何を言ってるんだろうと思った。Bの死ぬ思いってなんだ?俺の話を聞いて恐怖してたわけじゃないのか?
AとBは仲間内でも特に仲が良かったんだが、その関係もAがBをいじる感じで、どんな悪ふざけにもBは怒らず調子を合わせていた。
だからBがAに声を荒げる場面なんか見たことなかったし、もちろん当の本人Aもそんな経験なかったんだと思う。
Aはこれも見たことないくらいにオロオロしていた。

俺は疑問に思ったことをBに問いかけた。
俺「死ぬ思いってなんだ?お前ずっと下にいたろ?」
B「いたよ。ずっと下から見てた」
そして少し黙ってから下を向いて言った。

B「今も見てる。」
俺「・・」

今も?え、何を?
俺は訳がわからない。
全然わからないんだが、よくある話で、Bの気が狂ったんだと思った。
何かに取り憑かれたんだと。

そんな思いをよそに、Bは震える口調で、でもしっかりと喋りだした。

B「あの時、俺は下にいたけど、でもずっと見てたんだ」
俺「上っていく俺だよな?」
B「違うんだ・・いや、初めはそうだったんだけど。お前が階段を上りきったくらいから、見え出したんだ」
俺「・・うん」

本当はこのとき、俺の心の中は聞きたくないという気持ちが大半を占めていた。
でもBは、もうこれ以上一人で抱えきれないという表情で、まるで前の日の自分を見ているようだったんだ。
あのとき、俺の話を最後までちゃんと聞いてくれたAとB、あれで自分がどれだけ救われたかを考えると、俺には聞かなくちゃならない義務があるように思えた。

俺「何が、見えたんだ?」
B「・・・」

Bはまた少し黙りこみ、覚悟したように言った。

B「影・・だと思う」
俺「影?」
B「うん。初めはお前の影だと思ってたんだ。けど、お前がしゃがみこんで残飯を食っている間にも、ずっと影は動いてたんだ。
お前の影が小さくなるのはちゃんと見えたし、自分らの影も足元にあった。
それでそれ以外に動き回る影が・・3つ・・いや4つくらいあった。」

俺は、全身にぶわっと鳥肌が立つのを感じた。
どうかこれがBの冗談であってくれと思った。
しかし、今目の前にいるBはとてもじゃないが冗談を言っているように見えなかった。
むしろ、冗談という言葉を口に出したとたんに殴りかかってくるんじゃないかってくらいに真剣だった。

俺「あそこには、俺しかいなかった」
B「わかってる」
俺「そもそも、あのスペースに人が4,5人も入って動き回れるはずない」

あの階段は人が一人通れる位のスペースだったんだ。

B「あれは人じゃない。それ位わかるだろ」
俺「・・・」
B「それに、どう考えても人じゃ無理だ」

Bはポツリと言った。

俺「どういうことだ?」
B「全部、壁に張り付いてた」
俺「え?」
B「蜘蛛みたいに、全部壁の横とか上に張り付いてたんだ。それで、もぞもぞ動いてて、それで、それで・・・」

自分の見た光景を思い出したのか、Bの呼吸が荒くなる。

俺「落ち着け!深呼吸しろ。な?大丈夫だみんないる」

Bはしばらく興奮状態だったが、落ち着きを取り戻してまた話しだした。

B「あれは人じゃない。いや、元から人じゃないんだけど、形も人じゃない。いや、人の形はしてるんだけど、違うんだ」

Bが何を言いたいのかなんとなくわかった俺は

俺「人間の形をしたなにかが、壁に張り付いてたってことか?」

と聞いた。
Bは黙って頷いた。

口から飛び出そうなくらいに心臓の鼓動が激しくなった。
とっさに、Bが見たのは影じゃないと思った。
影が横や上の天井を動き回るのは不自然だ。
仮にそれが影だったとしても、確実にそこに何かがいたから影ができたんだ。
それくらいバカの俺でもわかる。
ということは、俺は自分の周りで這い回る何かに気づかず、しかも腐った残飯をモリモリと食べていたってことなのか?
あの音は・・?
あのガリガリと壁を引っかく音は、壁やドアの向こう側からじゃなくて、俺のいる側のすぐそばで鳴っていたということか?
あの呼吸音も?

恐怖のあまり頭がクラクラした。

そんな俺の様子を知ってか知らずか、Bは傍に立っていたAに向き直り
B「ごめん、さっきは取り乱して。悪かった」
と謝った。
A「いや、大丈夫・・こっちこそごめんな」
Aもすかさず謝った。

その後なんとなく気まずい雰囲気だったが、俺は平静を保つのに必死だった。
無意味に深呼吸を繰り返した。
そんな中Aが口を開いた。

A「お前さ、さっき今も見てるっていったけど」
BはAが言い終わらないうちに答えた。
B「ああ、ごめん。あれはちょっと、錯乱してたんだわ。ははっ
ごめん、今は大丈夫」

そういったBの笑顔は、完全に作り笑いだった。
明らかに無理した笑顔で、目はどこか違うところを見ているようだった。

関係ないんだが、このとき何故かものすごい印象的だったのは、Bの目の下がピクピクいってたことだ。
こんなん何人かに一人はよくあることだよな?
だけど無理して笑う人の目の下ピクピクは、結構くるものがあるぞ。

話を戻すと、Aと俺はそれ以上聞かなかった。
臆病者だと思われても仕方ない。だけど怖くて聞けなかったんだ。
ちょっと考えてみろ、ここまで話したBが敢えて何かを隠すんだぞ。
絶対無理だろ。聞いたら、俺の心臓砕け散るだろ。それこそ俺が発狂するわ。

少しの沈黙のあと、広間のほうから美咲ちゃんが朝飯の時間だと俺達を呼んだ。
3人で話している間に結構な時間が過ぎていたらしい。
正直、食欲などあるはずもなく。だが不審に思われるのは嫌だったし、行くしかないと思った。
俺はのっそりと立ち上がり、二人に言った。

俺「なるべく早いほうがいいよな。朝飯食い終わったら言おう」
A「そうだな」
B「俺、飯いいや。Aさ、ノートPCもってきてたよな?ちょっと、貸してくれないか?」
A「いいけど、朝飯食えよ」
B「ちょっと調べたいことがあるんだ。あんまり時間もないし、悪いけど二人でいってきて」
俺「了解。美咲ちゃんに頼んでおにぎり作ってもらってきてやるよ」
B「うん、ありがと」
A「パソコンは俺のカバンの中に入ってる。勝手に使っていいよ。ネットも繋がるから。」

そう言って俺達はそのまま広間に行った。
後から考えると、辞めるその日の朝飯食うってどうなの?
他人がやってたら絶対突っ込むくせして、俺らふっつーに食べたんだが。
広間に着くと、女将さんが俺らを見て、更には俺の足元をみて、満面の笑顔で聞いてきたんだ。
「おはよう、よく眠れた?」
って。

そんな言葉、初日以来だったし、昨日のこともあったからすごい不気味だった。
びびった俺は直立不動になってしまったわけだが、Aが
A「はい。すみません遅れて。」
と返事をしながら俺のケツをパンと叩いた。
体がスっと動いた。
いつも人一倍びびってたAに助け舟を出してもらうとは思わなかったから、正直驚いた。

そしてBが体調不良のためまだ部屋で寝ていることを伝え、美咲ちゃんにおにぎりを作ってもらえるよう頼んだ。

「あ、いいですよ。それよりBくん、今日は寝てたほうがいいんじゃ」

美咲ちゃんは心配そうにそう言った。
Aと俺は、得に何も言わず席についた。
”もう辞めるから大丈夫”とは言えないからな。
朝飯を食っている間、女将さんはずっとニコニコしながら俺を見てた。
箸が完全に止まってるんだ。「俺、ときどき飯」みたいな。
美咲ちゃんも旦那さんもその異様な光景に気づいたのか、チラチラ俺と女将さんを見てた。
Aは言うまでもなく、凝固。

凄まじく気分の悪くなった俺達は朝飯を早々に切り上げて、女将さん達に話をするため、部屋にBを呼びに行った。
部屋に戻る途中、Bの話し声が聞こえてきた。どうやらどこかに電話をしているようだった。
俺達は電話中に声をかけるわけにもいかなかったので、部屋に入り座って電話が終わるのを待った。

B「はい、どうしても今日がいいんです。・・・・はい、ありがとうございます!はい、はい、必ず伺いますのでよろしくお願いします。」
そう言って電話を切った。

どうやらBは、ここから帰ってすぐどこかへ行く予定を立てたらしい。
俺もAも別に詮索するつもりはなかったんで何も聞かず、すぐにBを連れて広間に向かった。

広間に戻ると美咲ちゃんが朝飯の片付けをしていた。女将さんはいなかった。
俺はふと思った。
あそこに行ってるんじゃないか?って。

盆に飯のっけて、2階への階段に消えていったあの女将さんの後姿がフラッシュバックした。
きっとあの時持って行った飯は、あの残飯の上に積み重ねてあったんだろう。
そうして何日も何日も繰り返して、あの山ができたんだろうな。
(一体あれは何のためなんだ?)
俺の頭に疑問がよぎった。

けど、そんなこと考えるまでもないとすぐに思い直した。
俺は今日で辞めるんだ。ここともおさらばするんだ。すぐに忘れられる。忘れなきゃいけない。心の中で自分に言い聞かせた。

Aが女将さんの居場所を美咲ちゃんに尋ねた。
「女将さんならきっと、お花に水やりですね。すぐ戻ってきますよ」
そう言って美咲ちゃんは、Bの方を見て
「Bくん、すぐおにぎり作るからまっててね」
と笑顔で台所に引っ込んだ。

ああ、美咲ちゃん・・何もなければきっと俺は美咲ちゃんとひと夏のあばん(ry

俺達は女将さんが戻ってくるのを待った。
しばらくすると女将さんは戻ってきて、仕事もせずに広間に座り込む俺達を見て
「どうしたのあんたたち?」
とキョトンとした顔をしながら言った。
俺は覚悟を決めて切り出した。

俺「女将さん、お話があるんですけどちょっといいですか?」
女将さんは
「なんだい?深刻な顔して」
と俺達の前に座った。

俺「勝手を承知で言います。俺達、今日でここを辞めさせてもらいたいんです」
AとBもすぐ後に
AB「お願いします」
と言って頭を下げた。

女将さんは表情ひとつ変えずにしばらく黙っていた。
俺はそれがすごく不気味だった。眉ひとつ動かさないんだ。まるで予想していたかのような表情で。
そして沈黙の後
「そうかい。わかった、ほんとにもうしょうがない子たちだよ~。」
と言って笑った。

そして給料の話、引き上げる際の部屋の掃除などの話を一方的に喋り、用意ができたら声をかけるようにと俺達に言ったんだ。

拍子抜けするくらいにすんなり話が通ったことに、三人とも安堵していた。
だけど、心のどこかでなんかおかしいと思う気持ちもあったはずだ。

話が決まったからには俺達は即行動した。
荷物は前の晩のうちにまとめてある。
あとは部屋の掃除をするだけで良かった。

バイトを始めてから、仕事が終われば近くの海で遊んだり、疲れてる日には戻ってすぐに爆睡だったんで、部屋にいる時間はあまりなかったように思う。
だから男3人の部屋といえど、元からそんなに汚れているわけでもなかった。
そんなこんなで、一時間ほどの掃除をすれば部屋も大分綺麗になった。

準備ができたということで、俺達は広間に戻り、女将さんたちに挨拶をすることにした。

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広間に着くと女将さんと旦那さん、そして悲しそうな顔をした美咲ちゃんが座っていた。
俺達は3人並んで正座し

俺「短い間ですが、お世話になりました。勝手言ってすみません」
俺AB「ありがとうございました」

と言って頭を下げた。

すると女将さんが腰を上げて、俺達に近寄りこう言った。
「こっちこそ、短い間だったけどありがとうね。これ、少ないけど・・・」

そう言って茶封筒を3つ、そして小さな巾着袋を3つ手渡してきた。
茶封筒は思ったよりズッシリしてて、巾着袋はすごく軽かった。
そして後ろから美咲ちゃんが
「元気でね」
といってちょっと泣きそうな顔しながら言うんだ。
そして
「みんなの分も作ったから」
って、3人分のおにぎりを渡してくれた。

おいおい止めてくれ。泣いちゃうよ俺!
そう思ってあんまり美咲ちゃんの顔を見れなかった。

前日で死にそうな思いしたのにまさかのセンチって思うだろ?
だけど、実際すげー世話になった人との別れって、その時はそういうの無しになるものなんだわ。

挨拶も済んで、俺達は帰ることになった。

行きは近くのバス停までバスを使って来たんだが、帰りはタクシーにした。
旦那さんが車で駅まで送ってくれるって話も出たんだが、Bが断った。
そして美咲ちゃんに頼んでタクシーを呼んでもらった。

タクシーが到着すると、女将さんたちは車まで見送りに来てくれた。
周りから見ればなんとなく感動的な別れに見えただろうが、実際俺達は逃げ出す真っ最中だったんだよな。
タクシーに乗り込む前に、俺は振り返った。
かろうじて見えた2階への階段のドア。目を凝らすと、ほんの少し開いてるような気がして思わず顔を背けた。
そして3人とも乗り込み、行き先を告げた後すぐ車が動き出した。

旅館から少し離れると、急にBが運転手に行き先を変更するよう言ったんだ。
運転手になにかメモみたいなものを渡して、ここに行ってくれと。
運転手はメモを見て怪訝な顔をして聞いてきた。
「大丈夫?結構かかるよ?」
B「大丈夫です」
Bはそう答えると、後部座席でキョトンとしているAと俺に向かって

B「行かなきゃいけないとこがある。お前らも一緒に」

と言った。
俺とAは顔を見合わせた。考えてることは一緒だったと思う。
(どこへ行くんだ・・?)

だが、朝のBの様子を見た後だったんで、正直気が引けて何も聞けなかった。
またキレ出すんじゃないかとびびってたんだ。

しばらく走っていると運転手さんが聞いてきた。
「後ろ走ってる車、お客さんたちの知り合いじゃない?」
え?と思って振り返ると、軽トラックが一台後ろにぴったりくっついて走っていた。
そして中から手を振っていたのは、旦那さんだった。

俺達は何か忘れ物でもしたのかと思い、車を止めてもらえるよう頼んだ。

道の端に車が止まると、旦那さんもそのまますぐ後ろに軽トラを止めた。
そして出てくると俺達のところに来て
「そのまま帰ったら駄目だ。」
と言った。

B「帰りませんよ。こんな状態で帰れるはずないですから」

Bと旦那さんはやけに話が通じあっていて、Aと俺は完全に置いてけぼりを食らった。

俺「え、どういうこと?」

なにがなにやらわからんかったので素直に質問した。
すると旦那さんは俺のほうを向き、まっすぐ目を見つめて言った。
旦「おめぇ、あそこ行ったな?」
心臓がドクンって鳴った。
(なんで知ってんの?)

この時は本気で怖かった。
霊的なものじゃなくて、なんていうか大変なことをしてしまったっていう思いがすごくて。
俺は、「はい」と答えるだけで精一杯だった。

すると旦那さんはため息をひとつ吐くと言った。
旦「このまま帰ったら完全に持ってかれちまう。
なぁんであんなとこ行ったんだかな。
まあ、元はと言えば俺がちゃんと言わんかったのが悪いんだけどよ。」

おい、持ってかれるってなんだ。勘弁してくれよ。
ここから帰ったら楽しい夏休みが待ってるはずだろ?
不安になってAを見た。Aは驚くような目で俺を見ていた。
さらに不安になってBを見た。するとBは言うんだ。

B「大丈夫。これから御祓いに行こう。そのためにもう向こうに話してあるから」

信じられなかった。
憑かれていたってことか?
何だよ俺死ぬのか?この流れは死ぬんだよな?
なんであんなとこ行ったんだって?行くなと思うなら始めから言ってくれ。

あまりの恐怖で、自分の責任を誰か他の人に転嫁しようとしていた。

呆然としている俺を横目に、旦那さんは話を進めた。

旦「御祓いだって?」
B「はい」
旦「おめぇ、見えてんのか」
B「・・・」
A「おい、見えてるって・・」
B「ごめん。今はまだ聞かないでくれ」

俺は思わずBに掴みかかった。

俺「いい加減にしろよ。さっきから何なんだよ!」

旦那さんが割って入る。

旦「おいおい止めとけ。おめぇら、逆にBに感謝しなきゃならねぇぞ」
A「でも、言えないってことないんじゃないすか?」
旦「おめぇらはまだ見えてないんだ。一番危ないのはBなんだよ」

俺とAは揃ってBを見た。
Bは、困ったような顔をしてそこにいた。

俺「どうしてBなんですか?実際にあそこに行ったのは俺です」
旦「わかってるさ。でもおめぇは見えてないんだろ?」
俺「さっきから見えてるとか見えてないとか、なんなんですか?」
旦「知らん」
俺「はぁ!?」

トンチンカンなことを言う旦那さんに対して俺はイラっとした。

旦「真っ黒だってことだけだな、俺の知ってる情報は。だがなぁ・・」

そう言って旦那さんはBを見る。

旦「御祓いに行ったところで、なんもなりゃせんと思うぞ」

Bは、疑いの目を旦那さんに向けて聞いた。

B「どうしてですか?」
旦「前にもそういうことがあったからだな。でも、詳しくは言えん。」
B「行ってみなくちゃわからないですよね?」
旦「それは、そうだな」
B「だったら」
旦「それで駄目だったら、どうするつもりなんだ?」
B「・・・」
旦「見えてからは、とんでもなく早いぞ」

早いという言葉が何のことを言っているのか俺にはさっぱりわからなかった。
だが、旦那さんがそういった後、Bは崩れ落ちるようにして泣き出したんだ。
声にならない泣き声だった。俺とAは、傍で立ち尽くすだけで何もできなかった。

俺達の異様な雰囲気を感じ取ったのか、タクシーの窓を開けて中から運転手が話しかけてきた。
「お客さんたち大丈夫ですか?」
俺達3人は何も答えられない。
Bに限っては道路に伏せて泣いてる始末だ。

すると旦那さんが運転手に向かってこう言った。
旦「あぁ、すまんね。呼び出しておいて申し訳ないんだが、こいつらはここで降ろしてもらえるか?」
運転手は
「え?でも・・」
と言って俺達を交互に見た。
その場を無視して旦那さんはBに話しかける。

旦「俺がなんでおめぇらを追いかけてきたかわかるか?
事の発端を知る人がいる。その人のとこに連れてってやる。
もう話はしてある。すぐ来いとのことだ。
時間がねぇ。俺を信じろ」

肩を震わせ泣いていたBは、精一杯だったんだろうな、顔をしわくちゃにして声を詰まらせながら言った。
B「おねが・・っ・・します・・」
呼吸ができていなかった。
男泣きでもなんでもない、泣きじゃくる赤ん坊を見ているようだった。

昨日の今日だが、Bは一人で、何かものすごい大きなものを抱え込んでいたんだと思った。
あんなに泣いたBを見たのは、後にも先にもこの時だけだ。
Bのその声を聞いた俺は、運転手に言った。
俺「すいません。ここで降ります。いくらですか?」

その後、俺達は旦那さんの軽トラに乗り込んだ。
といっても、俺とAは後の荷台なわけで。乗り心地は史上最悪だった。

旦那さんは俺達が荷台に乗っているにも関わらず、有り得んほどにスピードを出した。
Aから軽く女々しい悲鳴を聞いたが、スルーした。

どれくらい走ったのか分からない。あんまり長くなかったんじゃないかな。
まあ正直、それどころじゃないほど尾てい骨が痛くて覚えていないだけなんだが。
着いた場所は、普通の一軒家だった。
横に小さな鳥居が立っていて石段が奥の方に続いていた。

俺達の通されたのはその家の方で、旦那さんは呼び鈴を鳴らして待っている間、俺達に「聞かれたことにだけ答えろ」と言った。

旦「おめぇら、口が悪いからな。変なこと言うんじゃねぇぞ」

俺は思った。この人にだけは言われる筋合いがないと。

少し待つと、家から一人の女の人が出てきた。
年は20代くらいの普通の人なんだけど、額の真ん中にでっかいホクロがあったのがすごく印象的だった。
その女の人に案内されて通されたのは家の一角にある座敷だった。
そこには一人の坊さん(僧って言うのか?)と、一人のおっさん、一人のじいさんが座っていた。
俺達が部屋に入るなり、おっさんが「禍々しい」と呟いたのが聞こえた。

旦「座れ」

旦那さんの掛け声で俺達は、坊さんたちが並んで座っている丁度向かい側に3人並んで座った。そして旦那さんがその隣に座った。
するとじいさんは口を開いた。

「○○(旅館の名前)の旦那、この子ら全部で3人かね?」
旦「えぇ、そうなんですわ。このBって奴は、もう見えてしまってるんですわ」

旦那さんがそう言った瞬間、おっさんとじいさんは顔を見合わせた。
すると坊さんが口を開いた。

坊「旦那さん、堂に行ったというのは彼ですか?」
旦「いえ。実際行ったのはこの○○(俺の名前)って奴で」
坊「ふむ」
旦「Bは下から覗いていただけらしいんです」
坊「そうですか」

そして少し黙ったあと坊さんはBに聞いたんだ。

坊「あなたは、この様な経験は初めてですか?」

Bが聞き返す。
B「この様な経験?」
坊「そうです。この様に、霊を見たりする体験です」
B「え・・ないです」
坊「そうですか。不思議なこともあるものです」
B「・・俺」

Bが何か喋ろうとしていた。そこにいた全員がBを見た。

坊「はい」
B「俺、・・・死ぬんでしょうか?」

そう言ったBの腕は、正座した膝の上で突っ張っているのに、ガクガクと震えていた。
すると坊さんは静かに答えた。

坊「そうですね。このままいけば、確実に」

Bは言葉を失った様子だった。
震えが急に止まって、畳を一点食い入るように見つめだした。
それを見たAが口を挟んだ。

A「死ぬって」
坊「持って行かれるという意味です」

意味を説明されたところで俺達はわからない。何に何を持って行かれるのか。
更に坊さんは続けた。

坊「話がわからないのは当然です。○○くんは、堂へ行った時に何か違和感を感じませんでしたか?」

坊さんが堂といっているのは、どうやらあの旅館の2階の場所らしかった。
それで俺は答えた。

俺「音が聞こえました。あと、変な呼吸音が。2階のドアにはお札の様なものが沢山貼ってありました」
坊「そうですか。気づいているかも知れませんがあそこには、人ではないものがおります」

あまり驚かなかった。事実、俺もそう思っていたからだ。

坊「恐らくあなたは、その人ではないものの存在を耳で感じた。本来ならば人には感じられないものなのです。誰にも気づかれず、ひっそりとそこにいるものなのです」

そう言うと、坊さんはゆっくりと立ち上がった。

坊「Bくん、今は見えていますか?」
B「いえ。ただ音が、さっきから壁を引っかく音がすごくて」
坊「ここには入れないということです。幾重にも結界を張っておきました。その結界を必死に破ろうとしているのですね
しかし、皆がいつまでもここに留まることは出来ないのです。
今からここを出て、おんどう(ごめん音でしかわからない)へ行きます。Bくん、ここから出ればまたあのものたちが現れます。
また苦しい思いをすると思います。でも必ず助けますから、気をしっかり持って付いて来てくださいね」

Bはカクカクと首を縦に振っていた。
そうして、坊さんに連れられて俺達はその家を出てすぐ隣の鳥居をくぐり、石段を登った。
旦那さんは家を出るまで一緒だったが、おっさんたちと何やら話をした後、坊さんに頭を下げて行ってしまった。

知ってる人がいなくなって一気に心細くなった俺達は、3人で寄り添うように歩いた。
特にBは、目を左右に動かしながら背中を丸めて歩いていて、明らかに憔悴しきっていた。
だから俺達はできる限り、Bを真ん中にして二人で守るように歩いた。

石段を上り終わる頃、大きな寺が見えてきた。
だが坊さんはそこには向かわず、俺達を連れて寺を右に回り奥へと進んだ。
そこにはもう一つ鳥居があり、更に石段が続いていた。
鳥居をくぐる前に坊さんがBに聞いた。

坊「Bくん、今はどんな感じですか?」
B「二本足で立っています。ずっとこっちを見ながら、付いてきてます」
坊「そうか、もう立ちましたか。よっぽどBくんに見つけてもらえたのが嬉しかったんですね。ではもう時間がない。急がなくてはなりませんね」

そして石段を上り終えると、さっきの寺とは比べ物にならない位小さな小屋がそこにあり、坊さんはその小屋の裏へ回ると、俺達を呼んだ。
俺達も裏へ回ると坊さんは、ここに一晩入り、憑きモノを祓うのだと言った。
そして、中には明りが一切ないこと、夜が明けるまでは言葉を発っしてはならないことを伝えてきた。

坊「もちろん、携帯電話も駄目です。明りを発するものは全て。食ったり寝たりすることもなりません」

どうしても用を足したくなった場合はこの袋を使用するようにと、変な布の袋を渡された。俺は目を疑った。
(布って・・)
だが坊さん曰く、中から液体が漏れないようになっているらしい。
信じ難かったが、そこに食いついてもしょうがないので大人しくしといた。

その後俺達に、竹の筒みたいなものに入った水を一口ずつ飲ませ、自分も口に含むと俺達に吹きかけてきた。
そして小さな小屋の中に入るように言った。
俺達は順番に入ろうとしたんだが、Bが入る瞬間、口元を押さえて外に飛び出して吐いたんだ。
突然のことで驚いた俺達だったが、坊さんが慌てた様子で聞いてきた。

坊「あなたたち、堂に行ったのは今日ではないですよね?」
俺「え?昨日ですけど」
坊「おかしい、一時的ではあるが身を清めたはずなのに、おんどうに入れないとは」

言ってる意味がよく分からなかった。
すると坊さんはBのヒップバッグに目をつけ

坊「こちらに滞在する間、誰かから何かを受け取りましたか?」

と聞いてきた。
俺は特に思い浮かばず、だがAが言ったんだ。
A「今日給料もらいましたけど」

当たり前すぎて忘れてた。そういえば給料も貰いものだなって妙に感心したりして。

俺「あ、あと巾着袋も」
A「おにぎりも。もらい物に入るなら」

給料を貰った時に女将さんにもらった小さな袋を思い出した。
そして美咲ちゃんには朝、おにぎりを作って貰ったんだった。

坊さんはそれを聞くと、Bに話しかけた。
坊「Bくん、それのどれか一つを今、持っていますか?」
B「おにぎりはデカイ鞄の方に入れてありますけど、給料と袋は、今持ってます」

Bはそう言ってバッグからその二つを取り出した。
坊さんは、まず巾着袋を開けた。すると一言「これは・・」と言って俺達に見えるように袋の口を広げた。
中を覗き込んで俺達は息を呑んだ。

そこには、大量の爪の欠片が詰まっていたんだ。
俺の足に張り付いていたものと一緒だった。見覚えのある、赤と黒ずんだものだった。
Bは、その場ですぐまた吐いた。俺もそれに釣られて吐いた。
周辺が汚物の匂いでいっぱいになり、坊さんも顔を歪めていた。

坊さんは、Bの持ち物を全て預かると言い、俺達2人も持ち物を全て出すように言った。
俺は、携帯と財布を坊さんに手渡し、旅行鞄の方に入っている巾着袋を処分してもらえるよう頼んだ。
坊さんは頷き、再度Bに竹筒の水を飲ませ、吹きかけた。
そして俺達3人がおんどうの中に入ると

坊「この扉を開けてはなりません。皆、本堂のほうにおります。明日の朝まで、誰もここに来ることはありません。
そして、壁の向こうのものと会話をしてはなりません。このおんどうの中でも言葉を発してはなりません。居場所を教えてはなりません。
これらをくれぐれもお守りいただけますよう、お願いします」

そう言って俺達の顔を見渡した。俺達は頷くしかなかった。
この時既に言葉を発してはならない気がして、怖くて何も言えなかったんだ。
坊さんは俺達の様子を確認すると、扉を閉め、そのまま何も言わず行ってしまった。

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